不妊が辛いのはなぜ?心理学的な理由
不妊が辛いのは不妊治療による体への負担があるので当たり前、と思うでしょう。それは当然あります。でも、体の負担だけでは説明できない辛さがあります。それが不妊の辛さを増幅させます。不妊を体だけでなく心の面でも理解することで、不妊全般の辛さを和らげることでができます。
目次
- ○ 不妊が辛いのは体だけではなく心に特有の負担があるから
- ・3つの不妊特有の心理
- ・不妊特有の心理① 生殖物語
- ・不妊特有の心理② 不妊による喪失
- ・不妊特有の心理③ 不妊によるトラウマ
- ○ 不妊の辛さを和らげるには
- ・不妊特有の心理を知って対処する
- ・不妊はカップルの問題であることを知る
- ・不妊の辛さを和らげるためのカウンセリング
- ○ まとめ
不妊が辛いのは体だけではなく心に特有の負担があるから
不妊が辛いのは子供が欲しいのに授からないから、という気持ちから始まります。次に、子供を授かろうとカップルでタイミングを取るのですが、これが次第に体の負担になる。そして不妊治療を始めると明らかな体の負担が、特に女性にかかります。でも、治療をすればすぐに子供が授かる!と期待することで一時的な心の負担が軽くなるのですが、実際はそうではないことが多く、そこから不妊特有の体と心の負担が積み重ねられていくのです。
不妊の体の負担は主に女性が担います。男性は採精が必要となりますが、どちらかというと体よりも心の負担の方が大きいようです。精子の状態をよくするために、漢方や薬を服用したり、禁煙、禁酒に取り組むということもありますが、それも体の健康につながるため、体の負担とは言い切れない部分があります。一方、女性は治療となると内診、卵管造影検査、ホルモン剤注射、採卵の注射などの痛み、副作用、診察の待ち時間、通院のスケジュール管理などなど、本当に体の負担があります。女性にしか子供が産めないので当然なのですが、この極端な「男女不平等」な体の負担はやはり不妊特有の辛さの一つとなります。
この体の負担に、さらに心の負担があるのですが、それはただ「子供が欲しいのに授からない」という簡単なことではないのです。
3つの不妊特有の心理
カウンセリングで「どうしてこんなに辛いのかわからない」「なんでこんなにもやもやするのかわからない」という言葉をよく聞きます。
それは想像以上に不妊による心の負担が大きく、
それについて知る機会がほとんどないからです。
不妊特有の心理として大きく3つあると思います。
生殖物語
不妊による喪失
不妊によるトラウマ
この3つについて理解できると
どうして今、こんな辛い思いをするのか
納得すると思います。
不妊特有の心理① 生殖物語
生殖物語はReproductive Story の訳です。
「子守唄が唄いたくて」(2007)(リンク参照)という本に書かれています。
生殖物語とは、人が理想とする家族像であり、幼少のころから描いている自分がどのように子供を産み育てていくかのイメージになります。
それは大きくなったら結婚して、夫婦二人に子供が二人いて、
いずれ年老いて孫が5人生まれて自分は皆に看取られて幸せに世を去る、というようなものから、
自分は結婚はしたくもないし、子供を持ちたいとは思わない、生涯一人で自由に生きていきたい、
というものも生殖物語になります。
このイメージは、2~3歳ごろからすでに芽生えています!
おままごとをした記憶はあるでしょう。
そこで、お父さん、お母さん、子供(達)、赤ちゃん、ペット、など、すでに自分の家族のお話がつくりあげられているのです。
中学生になると、子供は何人で、どんな名前にする?という話題がありませんでしたか?
とくに女性はそういう経験が多いかと思います。
それはすべて生殖物語です。
男性にも生殖物語はあります。
結婚したら子供、って思っていませんか?
それは生殖物語。
子供ができたら一緒にキャンプ行ったり釣りしたりサッカーしたいな、って思ってませんか?
それは紛れもない生殖物語。
男女問わず、年齢問わず、生殖物語があります。
そしてそれはずっと幼いころから抱いている物語で、それが不妊によって物語を書き換えなければいけなくなるのです。
その衝撃は、とても大きいものです。
だって周りの人はいとも簡単に生殖物語を実行していますから。
なぜ、自分だけ?自分たちだけ?
30年近く抱いていた物語を、ある日の診察で治療が必要です、と言われ、
叶わなくなったと知ることことは、
想像できないくらい悲しいことなのです。
この生殖物語の、変更を余儀なくされることが、不妊特有の辛さの一つとなります。
不妊特有の心理② 不妊による喪失
不妊を経験することで、本当に多くのことを失います。生殖物語を書き換えることも、喪失の一つです。もともとの生殖物語を失うことですから。また、生理が来ることも、来るはずだった赤ちゃんを失うことです。自然妊娠ができないことも、喪失の一つ。
健康だと思っていた体がそうではなかった、ということも喪失。
普通だと思っていた自分がそうではなかった、ということも喪失。
気付いていない部分で、本当に多くの喪失をしているのですから、辛いと思うのは当然で、その理由がなぜ、わかりにくかった理由も気づけたかと思います。
自分でも気づかないうちに多くを失っている。それが不妊特有の心理といえます。
不妊特有の心理③ 不妊によるトラウマ
不妊を経験することでこんなにも多くを失うことは、心の傷となります。
加えて、周囲からの「悪意のない」言葉。
「子供はまだ?」「子供を産んで一人前」は
今や時代の違い、気にしないでおこう、と割り切れなくもありませんが、
「子供がいなくても人生楽しいから」
「子供がいると本当に大変だからいないほうが幸せよ」
と言われると、言葉にできない不快感を覚えないでしょうか?
そういう思いすべてが心の傷となり、
それをトラウマ、と呼びます。
このトラウマに気づかない方も本当に多いのです。
それくらい我慢しなきゃ、と思ったり、そう言われても仕方ないよね、と諦めたり。
もし、我慢や諦めで心の負担になっていないのならそれでいいのです。
そうやってなんとか、心のバランスをとっていますから。
でも、もし、心が何か辛い、もやもやしてる、と感じているのなら
心の傷に気づくことが心の健康快復への近道になります。
不妊の辛さを和らげるには
不妊特有の心理である生殖物語、喪失、そしてトラウマを知ること、理解するだけでも、心理的な辛さは和らぐはずです。
人間、原因がわかると安心する生き物なので、
原因が明確になるとその不安は軽減するものです(解決に至るとは限りませんが)
さらに、その辛さを和らげるためにできることがあります。
不妊特有の心理を知って対処する
あなたの生殖物語はどんなものでしたか?
それを思い描くこと、そして不妊を経験することでどう書き換えていますか?
この書き換えを進めることで、辛さを和らげることができます。
生殖物語が自分にあること、そしてそれを不妊によって書き換える必要があると知ることで、
とてもとても辛い作業ですが、今、時間がとまっているように感じる方、出口のないトンネルにいると思う方にはその先をほんの少しでも見えることが可能になる作業です。
不妊によって失ったもの、それはなんでしょう?
それに思いをはせ、悲しむことで、心は救われます。
こんなに多くのものを失っているのですから、悲しくて当然、辛くて当たり前、と自分が認めることが
一番心には必要なことです。十分、悲しみましょう。
その先に、また悲しいことがあれば悲しめばいいし、嬉しいことがあれば喜んでいいんだ、という
自分の心のままに、自分のありのままに生きていける方向性が見えてくると思います。
トラウマ、という心の傷の認識はとても難しいです。
自分は平気、とその時は感じても、後から振り返るととても傷ついていたんだな、と気付くことは多いです。
振り返ること自体、しんどい作業ではあります。
でも、もし毎日を不安や落ち着かない日々を過ごしているようなら、
心の傷に向き合うサインかもしれません。
トラウマケアをすることで、次の心の傷を防ぐことができます。
これも難しい作業ですが、自分でケアは可能です。
生殖物語や不妊の喪失と同じように、自分に不妊によるトラウマがあったんだ、と
気付くこと、認識することで、すでにケアになっています。
不妊はカップルの問題であることを知る
これまで不妊特有の心理の主な3つを伝えましたが、もう一つ不妊特有の心理があります。
それは、不妊が夫婦、カップル、男女の関係の問題、という点です。
癌などの体の病気、鬱などの心の状態は基本的には「自分」の問題です。
何か(治療内容など)を決める際にも、自分「一人で」決めることが可能な事態です。
でも、不妊は自分一人の問題ではすまないのです!
子供は女性と男性が関わらないと授からないのです!
そこが、とてもとても不妊を複雑にします。
生殖物語も、喪失も、トラウマも、
個人の問題ではあるけれど、
子供を授かろうとすると、パートナーの存在が大きいのです。
理想はカップル二人が同じように考え、価値観をもっていることですが、
それは本当に稀で
ほとんどの場合「温度差」があります。
その温度差を縮めるにはどうすればいいのか?
(温度差を無くそう、とは思わないでください。不可能です。それくらい男と女は違います)
男性も女性もそれぞれ、生殖物語があって、喪失があって、トラウマがあることを認識し共有することで温度差は縮まります。
お互いの生殖物語はどんなもの?
お互い不妊によって失ったものは?
お互い不妊によって傷ついたことは?
不妊特有の心理の3つをカップルで共有するだけで
温度差はかなり変わるでしょう。
実は温度差は縮まるとは限りません。
広がる可能性もあります。
でも、それならそれで、違う決断をしやすいかと思います。
なまぬるい温度差が一番辛いかと思います。
そこから抜け出すために、不妊特有の心理を理解しカップルで共有することは、ヒントになるかと思います。
不妊の辛さを和らげるためのカウンセリング
不妊は、体は勿論のこと心への負担が大きく、その理由は不妊特有の心理があるから。
そして、それを理解することで不妊の辛さを和らげることができる、ということを理解していただければ幸いです。
言葉にすれば簡単ですが、これを一人で行うことは難しいと感じませんか?
そんな時はぜひカウンセリング、できれば生殖を専門とするカウンセラーをご利用いただければと思います。
「生殖心理カウンセラー」(リンク参照)は、生殖心理を正しく理解し適切な心理支援ができる専門家です。
「不妊カウンセラー」の場合、支援方法が統一されているわけではないので、それぞれの認定先を確認していただくとよいでしょう。
今は従来の対面型のカウンセリングだけではなく、電話やメール、オンラインでの対応も可能なところが多いので、以前と比べると選択肢が広がり、遠方であっても利用しやすくなっています。
カウンセリングを利用することには抵抗があるかもしれません。
「自分は精神的に病んでるわけではない」
「どう相談すればいいかわからない」
「以前相談したら嫌な思いをした」
など、よく聞きます。
それでも早めの対処が大事であること、
適切なカウンセラー(支援者)を選んでいただくこと、
も知っていただけばと思います。
実際のカウンセリングでは上記の不妊特有の心理を網羅しつつ、
個人の、夫婦の特有の背景を伺いながら不妊の辛さ軽減する支援をします。
1回で終わることもあれば
継続することもあります。
その方にとって最大の心理的支援がカウンセリングでは行われています。
まとめ
不妊特有の辛さを理解して不妊を経験するのと、何も知らないで経験するのでは
日々の生活に大きく違いが出てくると思います。
なるべく早い段階で不妊について多くの人が正しい理解をし、
必要に応じて適切な支援を受けることが可能であることを常に願っています。